設立の趣意

1. 徹底した弁護活動が
必要な理由

 古来、刑事裁判というものは、必ずしも真実を明らかにする機能を果たしてきませんでした。真実はしばしば不明であり、人の判断はどうしても感情や予断に支配されるものです。裁判官も人である以上、予断を抱かず、感情に左右されず、世論の逆風を受けても、疑わしきは罰せずという厳格な事実認定をすることは容易ではありません。
 このことを解決するため、近代国家では、検察官と弁護人という訴訟当事者による対立(弾劾)構造をとることが有用であるとの結論に至りました。この訴訟当事者の対立構造は単に形だけ対立していれば足りるものではなく、対立構造が有効に機能していなくては意味がありません。日本国憲法37条3項は「刑事被告人は、いかなる場合にも、資格を有する弁護人を依頼することができる」と規定します。ここにいう資格を有する弁護人とは、実質的に力量を発揮する(英文原案ではcompetent〈力量のある〉)弁護人のことを指すものと理解されています。
 すなわち、検察官との対立構造を有効ならしめるためには、弁護人が実質的に力量を発揮することが必要不可欠の前提であるといえます。そして、そのためには弁護人が「被告人のために徹底した弁護活動をすること」が必要です。検察官の設定した土俵のなかで情状酌量をお願いしたり、裁判所の意向に迎合したりするような弁護活動は、徹底した弁護活動とは呼べません。強大な力を有する検察官と対峙するためには、弁護人が明確に意識しながら被告人のための徹底した弁護活動を実行しなければなりません。それが、裁判所に正当な判断をさせる最も有効な手段だからです。

2. 徹底した弁護活動をするには

 そのためには、まず弁護人自身が,自らの本来の役割は「被告人のために徹底した弁護活動をすること」だと自覚することが求められます(弁護人の役割の自覚)。
 そして、その役割を発揮するための、有効な弁護方針・弁護活動を立案・策定する必要があります(弁護方針策定能力)。
 その上で、その立案策定した弁護方針、弁護活動を実際に法廷で展開するための技術が必要です(弁護技術)。
 これらの弁護人の役割の自覚、弁護方針策定能力、弁護技術を得ることによって、はじめて弁護人は積極的な防御権・弁護権の行使(黙秘権、証人喚問権や証人審問権の積極的な行使、積極的な捜査の違法の主張や、不服申立てなど)、鑑定などの科学的証拠の活用、優れた法廷技術の展開などの所謂「先端的弁護」を行うことができるようになり、もって、「被告人のために徹底した弁護活動をすること」ができることになります。

3. この国の現状

 この国の現状を見ると、罪を犯していない多くの人が有罪とされ、処罰されています。
 99.9%の有罪率にあらわれているように、裁判所は検察官の判断を追認する傾向が顕著であり、独立した立場から国民の自由を守る役割を果たしていません。
 裁判所から厳しいチェックを受けない検察官によって、無罪推定や適正手続などの刑事司法の原則は骨抜きにされています。
 警察、検察、裁判所による一連の流れ作業で、刑事事件が処理されてしまっているといっても過言ではありません。
 被告人は、捜査段階では単なる取調べの客体として扱われ、刑事裁判で当事者の立場を持ったあとも、自らの権利を保護してくれる十分な力量をもった弁護人を得ることも困難です。
 この国の刑事司法は正常に機能していません。

4. 現状に対する、
弁護士側の原因

 この現状の原因の1つは、この国の刑事裁判では、実は、弁護人が実質的な力量を発揮することがほとんどなく、検察との実質的な対立構造が機能していないというところにあります。
 残念ながら一因としては、弁護人において、上述の「被告人のために徹底した弁護活動をする」という役割を果たしていないことも指摘せざるをえません。この国の弁護士の大部分は、弁護人の役割の自覚、弁護方針策定能力、弁護技術に欠けているといわざるをえないのが実情です。
 弁護士の大部分がこれらの能力や自覚を備えることができていない理由は、まずそれらを教育する機関がなかったことにあります(司法研修所においてもそのような教育はされてきませんでした)。また、一般的な弁護士は、刑事事件よりもずっと多くの民事事件を取り扱っており、刑事事件についての経験や知識を蓄積することができていないことも要因です。
 さらに、被疑者・被告人は、資力が乏しいことがほとんどであり、実質的に力量のある弁護人と契約することも難しいうえ、仮にかような弁護人がついた場合であっても、検察官と対峙するために必要な弁護活動を実践する資金が不足していることがほとんどです。
 これらの点において、刑事事件を組織として専門に扱っている検察官に比べると、弁護士は圧倒的に脆弱な立場にあります。

5. 当事業の役割 1

 当財団は、以上のように、刑事司法の価値およびこの国の現状を認識しています。そこで、それを解決するために、以下のような事業を行うこととします。
 現在のこの国の刑事司法を正常化ならしめるためには、上述のように、弁護人の役割に対する自覚、弁護方針策定能力、弁護技術を有する弁護士を増やすことが必要です。
 当財団は、これらの育成のため、こうした能力を有する評価の高い数少ない優れた弁護士と、一般の弁護士が具体的な否認事件で共同して担当する形態(アドバイザー弁護士共同担当形態)が、もっとも効率的な方法だと考えました。
 そこで、当事業においては、一般の弁護士から否認事件などについて支援の申込みがあった場合に、これらの優れた弁護士を選んで、共同して事件処理を担当することを委嘱していきます。
 また、当財団は、この共同担当形態を運営していくなかで必要となる費用を負担します。
 このことにより、担当する刑事事件で弁護力を増強することができ、冤罪を防ぐとともに、将来に向けて、優れた刑事弁護士を増やしていく育成的効果をはかり、この国の不正常な刑事司法制度を正常化ならしめていくことを目標とします。

6. 当事業の役割 2

 上述の鑑定などの「先端的弁護」を行っていくためには、多くの費用が必要となります。検察は十分な資力を有していますが、一介の民間人に過ぎない被告人がこれを負担するのは容易なことではありません。
 当財団は、対象となる否認事件において、必要となる鑑定費用などの経済的な支援も行うことにより、当該事件において冤罪が発生することを防ぎ、また、先端的弁護活動の有効性を広め、弁護人が自由な発想でより優れた弁護活動を実践することでこの国の不正常な刑事司法制度を正常化ならしめていくことを目標とします。