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難事件に対する総合支援の意義--被支援弁護士の立場から

本文
事件の概要など
1 事案の概要
2021年9月22日、 被告人 (被疑者段階も含め「被告人」という。
以下同じ) は、 同年8月31日午後1時38分頃から午後5時頃までの間、 当時の交際相手の3歳の子(以下「被害者」という)に対し、 殺意をもって、その全身に高温の湯を浴びせる等の暴行を加え、全身熱傷を負わせ、 熱傷性ショックにより死亡させ殺害した疑い (以下「本件」という)により逮捕された。

2 受任の契機同年9月23日(祝)、 私と同じ事務所に所属する弁護士が休日の当番弁護士として待機していたところ、本件について刑事弁護委員会からの当番弁護士派遣依頼があり、国選受任することとなった。
数日後、 私は、同弁護士から声をかけられ、 追加選任されることとなった。

3 初動段階被告人の言い分は、 自分はわざとお湯をかけたりはしていない、当然殺意もないというものであり、完全な否認事件であった。
なお、詳しくは述べないが、その後時間の経過とともに被告人の言い分には変遷が生じたが、上記の点については変わらなかった。
捜査段階は黙秘方針のもと2名でせっせと連日接見に赴いた。
被告人の特性もあり黙秘を貫徹することはできなかったが、(当時の) 被告人の言い分と合わない供述調書の作成はされなかった。
同年10月13日、本件が殺人罪で起訴された。
その後、被害者の母親 (被告人の当時の交際相手)との面談も行った。
被害者の母親は、 「被告人が被害者を殺すようなことはしていないと思う。
被告人のことを待ち続ける」と話していた。
本件の起訴状には「追起訴予定なし」 と書かれた付箋が貼られていた。
しかし、その後突如、 被告人と被害者の母親とが同時に被害者に対する暴行罪の共犯として逮捕された。
被害者の母親は略式命令を受けて釈放され、被告人は追起訴された。
この逮捕が、被害者の母親の被告人に対する感情に影響を与えることを心配せずにはいられなかった。

申込みに至るまでの弁護活動
1 自分の手に負えない part1
公判前整理手続における検察官の証明予定事実は、同年8月31日午後1時38分頃に被害者の母親が外出して以降、 被告人が、 被害者と2人きりで在宅する中、浴室の給湯温度を60度又は75度に設定し、殺意を持って、 浴室にいた裸の被害者の全身にシャワーの湯を浴びせ続ける行為により、全身にII度熱傷又はIII度熱傷を負わせ、 何らの救護措置も行わず、午後4時46分に被害者の母親に電話をかけて被害者が熱傷を負ったことを伝え、 午後4時50分に救急通報した、 午後4時56分に消防救助隊が到着した際には被害者の全身の水疱が破れ心肺停止の状態であった、というものだった。
請求証拠は、救急救命士 消防士のほか、被害者の搬送先で被害者を診たHi医師 (救急・熱傷専門医)、第三者であるU医師 (救急・広範囲熱傷専門医)、Ha医師(警察の協力医・専門は不明) 等であった。
検察官は、捜査段階で被告人が概ね黙秘していたこともあって、犯行態様について具体的な主張を行わず、救急・熱傷専門医の証言等によって、 本件で被害者の負った全身熱傷(部位・程度) は、 殺意をもって一定時間継続して全身に高温の湯を浴びせなければなり得ないものである旨を立証する予定であることが予想された。
私も相弁護人も、 事実関係に争いがある事件の経験がそれほどなく、 法医学や救急医学に関する事件の経験はさらに乏しく、 熱傷の事件を経験するのは初めてであった。
「被害者が負った熱傷からすると、湯がこういうふうにかかった/かけられたと考えられる」という推察をするのが法医学の分野なのか救急医学の分野なのかさえ判断がつかなかった。
そんな中、同年11月末、 同期のA弁護士に「熱傷の専門家を紹介してもらえないか」と相談したところ、「『検討を迅速に進めるため、 T弁護士 (難事件を含めた刑事弁護の経験が豊富な弁護士) を3人目の弁護人として追加選任してほしい』と裁判所に言ったほうがいい」と助言してもらった。
素直にT弁護士に相談したところ、 「3人目に入ることはやぶさかではないが、同じ部に大型事件が係属しており、 同部は私の日程が入りづらいことを嫌というほどわかっているから、それでは早くならないと言われると思う」という返答をもらった。
そのほかにも3人目の弁護人が選任されるための要素、 公判前整理手続での対応方法、専門家に協力を求める際の心構え、自分たちで連載|先端的弁護による冤罪防止プロジェクト、始動!抱え込まずにいろいろな弁護士に相談するべきことなど助言してもらった。
その後、 別件の弁護団でご一緒しているK弁護士にも、3人目を引き受けてもらえないか、専門医を紹介してもらえないかなどを含め相談させてもらったが、 結局、 追加選任を求めることなく、継続的に相談させてもらいながら進めていった。

2 自分の手に負えない part2
救急医についてはつてが得られなかったこともあり、2022年2月、 T弁護士の助言を踏まえ、 法医学医へのアプローチを開始した。
以前に担当した事件において検察官側証人として出廷しており面識のあったK1医師に手紙を出すところから始めた。
K1医師と面談し、本件で被害者の負った全身熱傷 (部位・程度)は、殺意をもって一定時間継続して全身に高温の湯を浴びせなければなり得ないものであるか否か等について意見を伺うとともに、(同医師の見解は当方にとってなかなか厳しいものであったことから)別に6名の法医学医を紹介してもらい、次々と手紙を出し法医学医との面談を重ねた。
その過程で、「鑑定書を確認しなければ意見を述べられない」という意見を得た。
検察官にその旨伝えたところ、同年4月、被害者の解剖検査等を行ったM医師作成に係る鑑定書が開示・証拠調べ請求されたため、 これを持ってさらに法医学医との面談を重ねた。
面談を重ねる中で、複数の法医学医から、被害者の解剖検査等を行ったM医師の能力自体や本件における鑑定書の記載内容について疑義が呈された。
同年12月には九州まで足を延ばしてみたところ、 ありがたいことに、高名かつ経験豊富な法医学医であるI医師が 「被告人の供述を前提にしても説明はつく」「検察官の立証は不十分だと思う」 「被告人は、本件前にも被害者に対して暴行を加えていたかもしれないが、そこから殺人に及ぶまでには飛躍がある。
よほどの動機がなければならないのでは?」「協力するのは構わない」と言ってくださった。
同月28日までの期限 (法316条の17第3項) をなんとか遵守してI医師の証人尋問を請求することができた。
検察官は、 I医師に面談を申し込み、 I医師から「重大事件なのだから、K2医師くらいに意見を求めないとだめ」と示唆されたらしく、 I医師と親しいK2医師に意見を求め、2023年4月、 同医師を証人尋問請求した。
この頃には同年6月から7月にかけて公判を実施する予定で鋭意進められており、 争点は ① 殺人の実行行為の有無(60度又は75度のシャワーの湯を裸の被害者の全身に数分間浴びせ続けたかどうか) と② 殺意の有無であると整理されていた。
そのような中、私たちは、上述した経験の乏しさ等から、複数の法医学医が「いい加減」と評価するM医師の鑑定書をどのように取り扱うのがよいのかという点(弁護側は、M医師の鑑定書について不同意としていたが、検察官は、M医師を証人申請することはせず、M医師の鑑定書の一部〔検査記録等〕の抜粋を「この範囲であれば客観的なものであるから争いないのでは」として証拠調べ請求しようとしており、 裁判所も基本的に検察官に近い意見であった) を中心に、 証拠意見の検討などをめぐって自分たちの進め方や方針に誤りがないかどうか等について自信が持てない状況となっていた。

3 先端的弁護による冤罪防止プロジェクトへの支援申込み同年5月18日、別件の弁護団でご一緒しているY弁護士に 「これまでいろいろな弁護士にちょこちょこ相談しながら進めてきたが、 それのみでは自分の手に負えないことを日に日に実感している。
もっとがっつり支援を受けられる術はないだろうか」 と相談し、先端的弁護による冤罪防止プロジェクトを紹介してもらった。
「公判期日指定済みで1カ月しかないのがネックになると思われるが、とりあえず問合わせをしてみては」との助言であった。
これを受け、即日、「自分たちの手に負えていないから助けてほしい」とサイト上で問合わせフォームに入力し送信した。
すぐに事務局から「速やかに申し込んでもらえればしかるべき対応を検討したい」と返信が届き、サイト上で資料の取寄せ請求、本人の意向確認のための接見を急ぎ、 同月23日に支援申込書を送付した。
審査が開始され、 追加資料の送付依頼を受け、正式な支援決定と相前後して同月29日に遠山大輔弁護士から「ご挨拶と至急のお願い アドバイザー弁護士 (就任予定) です。
浴室の構造がわかる資料を大至急共有してください」 と電話着信やメールがあった。

こんな支援を受けました
1 支援が開始されたこと自体による安心感遠山弁護士は、同月30日、事務局から支援可の決定が通知されたわずか20時間後に初回zoom打合せに応じてくれ、 私たちが目の前のピンチ事項を共有する機会を持ってくれた。
時間の猶予がない中、次々判断を求められ思考停止しそうになっている私たちに対し、速やかに記録を確認の上、 「なんでもご相談ください」と言って実務的・精神的に支援してくれた。
進め方や方針に誤りがないかどうか等について、経験豊富な弁護士に適宜確認し、必要に応じてアドバイスをもらえる状況となったことによる安心感は計り知れず、 闘うモチベーションの維持に非常に有効だった。

2 支援を受けた具体的内容
M医師作成に係る鑑定書に対する証拠意見、 対質でなくなったK2医師とI医師の尋問の順序、 弁護側請求証拠の取扱い、 被害者が全身に熱傷を負った写真(刺激証拠) の取扱い等、 書面を提出したり打合せ・公判前整理手続で態度決定したりしなければならない多岐にわたる問題について、 適宜メールにより相談に乗ってもらった。
また、冒頭陳述、尋問事項、弁論の作成については、それぞれzoom打合せで対応してもらった。
冒頭陳述に関しては、「本件では、児童虐待の加害者が抱える課題について、研究している学者を弁護側証人として請求しているのが有効なポイントだと思う。
どうして協力依頼しようと思ったのか」と尋ねられ、 それに応じて答えたところ、「それを活かすような出だしはどうか」と具体的に提案してもらい、そのまま採り入れることとなった。
被害者の母親の尋問に関しては、「(被害者を含めた) 3人の関係がよかった時代のことはどんどん語ってもらいましょう」と助言してもらった。
同年6月22日、公判が開始された。
冒頭陳述は、遠山弁護士のアドバイスの成果が出た。
被害者の母親の尋問は、当初に直接面談して話を聞いていた成果もあり、 被告人が被害者の子育てに熱心に取り組んでいたこと、3人で家族になるため計画を立て本158 Quarterly Keiji-Bengo no.119 autumn 2024 件翌日から稼働開始する予定だったことなどを引き出すことができた。
公判開始後も、 救急医の尋問、 法医学医の尋問と弁論にあたって、 それぞれ zoom打合せに対応してもらった。
また、被害者の母親の尋問で示した開示証拠を証拠調べ請求するよう裁判所から示唆されたこと、医師の尋問におけるイラスト利用、 救急医の尋問を踏まえて法医学医の尋問事項を追加するにあたっての証言要旨の開示など、 期日の流れに応じて出現する各種問題にどのように対応すればよいか、適宜メールで助言してもらった。
弁論については、「2人の弁護人が冷静と情熱のあいだみたいな感じで役割分担したら」 と具体的に(?) 提案してもらった。
本番では、相弁護人が冷静を、私が情熱を担当し、 「検察官が証明しようとする内容はころころ変わっているじゃないか!」と公判期日までの2年弱の間に積もり積もった怒りをぶつけた。

判決と感想
結果としては、2つの争点のうち、 ① 殺人の実行行為の有無(60度又は75度のシャワーの湯を裸の被害者の全身に数分間浴びせ続けたかどうか) については、以下のとおり判断され、 実行行為ありと認定されてしまった。
被害者は、顔、頭、胸、背中、両手足など全身の90%程度に及ぶ全周性の熱傷を負い、 熱傷性ショックを起こして死亡した。
熱源がシャワーの湯であることは医師らの証言等の根拠から明らかである。
被害者がこのような熱傷を負うにはシャワーの湯が被害者の全身にまんべんなく触れる必要があるが、 被害者が高温のシャワーを自ら浴び続けることは考えられない。
高温のシャワーがかかれば被害者は回避行動をとるはずである。
なんらかの原因で一時的に意識を失ったとしても高温の湯がかかれば覚醒すると考えられ、 仮に意識を失った状態が続いたとしても熱傷が全周性のものになるとも考え難い。
② 殺意の有無については、以下のとおり判断され、殺意はなかったと認定された。
被告人がシャワーをかけ続けた時間や具体的態様は明らかでないものの、被害者はほぼ全身くまなく熱傷を負っていたことから、 被告人は、ごく短時間ではなく、 相連載|先端的弁護による冤罪防止プロジェクト、 始動!当時間をかけて高温のシャワーをかけ続けたと認められる。
他方、被告人は、本件当時60度又は75度に湯の温度を設定したと供述しているところ、 そもそも60度の湯をかけて人が死ぬとまで考えるかについては疑問の余地がある。
また、 被告人がシャワーをかけているときの被害者の皮膚の色は、薄いピンク色よりもさらに薄い色だった可能性がある。
そうすると、シャワーをかけている被告人が、 死に至る程度の重度の熱傷を負わせようとしていることに気づかなかった可能性は否定できない。
さらに、一時的にかっとなり高温の湯をかけ始めたとしても、 死の危険まで認識しながら長時間かけ続けるほどの動機が被告人にあったことは証拠上うかがわれない。
むしろ、そこまで深刻に考えていなかったからこそ、長い時間高温の湯をかけ続けることができたとも考えられる。
傷害致死罪で懲役10年という判決であった (検察官の求刑は懲役18年)。
なお、本件の判決に対し、検察官は控訴をせず、 被告人は一旦控訴したもののその後控訴を取り下げたことから、本件の判決はそのまま確定した。
今回の支援を受けてみてわかったことは以下の3点である。
① 冒頭陳述や弁論等の 「プレゼン科目」は、事前に準備したことをどのように整理して説明するかという側面が強いため、たとえ公判直前であっても助言を受けることにより改善しやすいことが実感された。
② 一方、尋問は現場対応という側面が強いため、元来有している技術・能力が限界を画しやすいことを思い知らされた。
ただ、高名かつ経験豊富な法医学医であるI医師に協力してもらうことができ、情けないながら、優秀な証人の技術・能力によって尋問者の技術・能力の限界が多少カバーされうることもわかった。
③ どんなに遅くても、 自分の手に負えないと思った時に助けを求めるか求めないかで、 結論がわかれるほどの重大な違いが生じうると感じた。
また、上述した安心感に加え、アドバイスを踏まえて実践することができたことによって自信を得ることができ、実務的・技術的な支援と同じくらい、心理的な支援という意味での効果を実感した。
上記の結果は、支援を受けなければ得られなかったかもしれない。
先端的弁護による冤罪防止プロジェクトの支援に感謝するとともに、 私たちと同じように自分の手には負えないかもしれないと思わざるを得ない難事件を担当することとなった弁護士には、 先端的弁護による冤罪防止プロジェクトの支援の申込みを検討することをお勧めしたい。

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